貨幣の条件
- 野村周平

- 2025年7月31日
- 読了時間: 21分
更新日:2025年11月1日
強制によらない、信用に基づく貨幣の流通
世間においてまだ回転されたことのない、法輪を、われは回転するであろう
『ブッダの真理の言葉、感興のことば』
政府はそれ自体をも含むすべての人に等しく適用される抽象的な一般ルールによってのみ、種々の行動を強制あるいは禁止することができる
『法と立法と自由Ⅲ 自由人の政治的秩序』フリードリヒ・A・ハイエク
実際、一つだけ際立ったパターンがあるとすれば、成功者は方程式ではなく第一原理からビジネスをとらえ、思いがけない場所に価値を見出していることだ。
『ゼロ・トゥ・ワン』ピーター・ティール
目次
あるがまま ―無目的な観察― / 序列、優先順位付け / 法の下の平等 / バラモンと貨幣
信用、選択の自由、流通の不確実性 / 信用と責任 / 禁止、強制、信用と強制通用力
視点の切り替え ―制度設計者から商人へ― / 貨幣供給も公正な環境で、営利目的で行われる必要性 / 非中央主権的な通貨発行 / 公権力の裏付けは必要ない / 一国一通貨の必要はない /
道具の起源ではなく条件を問うべきだ / 定義ではなく条件を問うべきだ / 貨幣の条件 / 信用貨幣の条件 / 均一性の必要性 / 耐久性の必要性 / 供給の限界の必要性 / 価格がつく必要性 / 相互監視の限界と生産者が責任を負う必要性 / 責任の帰属先、ブランドを示す必要性 /
企業は何に責任を負うか /
硬貨から引換券へ / 電力貨幣の例 / 台帳システム / 製品の価値は原料ではなく効用で決まる / 引換機能の必要性 / 引換レート / なにが引換機能のための原料になるか / 引換と交換の違い
貨幣事業は商売の原則を離れない / 勝者総取り / 新通貨の初期段階
環境問題 / 人口動態 / 銀行業と信用創造 / 多様化 / 田舎と都会 / 通貨発行は何と関連するか / 電力貨幣で電力を買うのは不自然じゃない
第一章 平等
あるがまま ―無目的な観察―
火、水、風、土
それぞれが特別な過程だ。
ここに絶対的な序列はなく、人間が自らの目的に応じて優先順位をつけるだけだ。
通貨、トイレ、スマホ、服
それぞれが特別な過程だ。
ここに絶対的な序列はなく、人間が自らの目的に応じて優先順位をつけるだけだ。
すべての過程に固有性があり、法の下に序列はつかない。
すべての過程は法、真理の下に平等だ。
我々は通貨を色眼鏡で見ている。
序列、優先順位付け
包丁を振り回してはいけないように物理的、認知的にかかわらず手段はどれも限定的に適切に使用されなくてはいけない。
序列づけ、優先順位づけは特定の目的のための手段であって、目的独立的な序列や優先順位はない。多くの人にとって貨幣の優先順位は高いのだろうが、それがどれだけ多数者にとって正しかろうが、あくまで個々人の主観であって目的独立的な法制度に優先順位はない。それは農業について考えるときも同様に考慮されるべきことだ。貨幣の特殊さは本の特殊さより一般的に人を引き付けるとしても、あくまで製品の一つに過ぎない。
「おおいなる制度に役割分担はない」と老子が言った通り、服の供給と同様、貨幣の供給を制度化する必要はありません。
法の下の平等
すべての人は法の下に平等に扱われるという原理と特定の法人しか貨幣発行が許されないというのは、整合性がないのではないか。確かに、ある時点では民間企業が市場で採算の取れない行政が行うしかないかもしれないサービスもあるだろうが、それは法的な独占を敷く根拠にはならないだろう。民間企業はいつでもそのサービスの供給の試行錯誤に乗り出せる機会があるべきだ。そして、市場で採算がとれると判明したら公金によるそのサービスの供給は終了するほうが税金を多く必要としないはずだ。
バラモンと貨幣
「(姓名は、かりにつけられたものにすぎないということを)知らない人々にとっては、誤った偏見が長い間ひそんでいる。知らない人々は我らに告げていう、『生まれによってバラモンなのである』と。」
「生まれによって<バラモン>となるのではない。生まれによって<バラモンならざる者>となるのではない。行為によって<バラモン>となのである。行為によって<バラモンならざる者>となのである。」
『ブッダのことば』
人は生産活動によって、貨幣発行事業者になるのだ。
自由のための闘いの偉大な目的は、法の前の平等である
法の下における平等にたいする要求の本質は、人びとには差異があるにも関わらず、等しく扱われるべきということにある
『自由の条件』 F・A・ハイエク
第二章 信用
信用、選択の自由、流通の不確実性
取引相手が取引を自分から他人に乗り換える権利がある時、取引相手からの自らの信用は試されているのです。これは必然的に信用がテストされる経済主体の製品やサービスは流通が不確実になるということです。
法的な独占事業者は、取引相手に選択肢を与えないので、信用をテストされていない。自由競争過程でのみ信用はテストされる。ある責任の帰属先の信用は彼らの製品の流通が不確実な状況で試されるのであって、強制、法律による独占によって流通している法定通貨は信用によって流通しているとは言えない。実際に円が暴落しても、信用とは何の関係もなく国内の人間は他の通貨に乗り換えることはできない。法定通貨は強制通貨だ。
人間の相互作用において双方が信用の審判なのであって、一方的に「政府が信用を与えた」ということはできません。政府もまた、一般市民に信用をテストされるのです。この世界では、万人が信用の審判であり、その権利があり、各々が自らの信用判断に責任を負う。
これは、真なる知識、理論を求めるときは、その知識、理論は反証リスクがなければならず、公開され、第三者によるテストを受け付けることに重なる。信用に基づいて生産物が流通するとき、いつでもそれは断られるリスクがなければいけないのだ。法定通貨、強制通貨はトップダウンの教義に、信用貨幣は科学理論(仮説、一時的な教義)に対応する。
信用と責任
より一般的に言えば、信用とは、責任の帰属先である相手に対するある種の期待であり、製品や行動などが信用判断の材料になり、信用判断の対象は製品や行動の責任の帰属先です。
例えば、金融という文脈では、銀行は取引相手企業の製品や行動を見て、事業者に借金返済ができることを期待するのだ。
禁止、強制、信用と強制通用力
共同体内の一般的な禁止、強制事項を遵守することで他人から信用を得ることがあるのは確かなことだが、強制通用力は特定の機関に特殊な権力を与える規定であり、それによって信用を得ているということはできない。
一般的な禁止事項の下であれば誰もがその禁止の範囲内で選択の自由を持つが、強制通用力の規定はそのようなものではない。
第三章 民間貨幣の理念
視点の切り替え ―制度設計者から商人へ―
多くの人が通貨のことになると、商人の目線ではなく制度設計者の目線で考えてしまう。 おそらく多くの人は通貨を経済の絶対的な土台だと思っていて、これは現在の制度化での経験で付いた偏見のせいだろう。通貨も道具の一つに過ぎない。
常に他人を上、下で見る人は、それぞれの人の特別さがわからないし、多くの人は道具に対する優先順位付けで目が曇っている。トイレにはトイレの特有の用途がある。スマホにはスマホ特有の用途がある。通貨には通貨特有の用途がある。序列をつけずに、あらゆる道具が特有の用途を持ち、通貨もその一つに過ぎないと認識して欲しい。そう考えれば、貨幣も商売で供給してみようという気になるだろう。
貨幣供給も公正な環境で、営利目的で行われる必要性
公正な競争環境での私企業の利益は需要と関連性を持ちます。利益は需要の影です。直視できない需要の動きをその影を追うことで調査するのです。
公正な環境下での利益は、それを生み出す事業の需要を表す指標です。利益に基づかない貨幣発行の仕方は市場の需要を把握する大きな手段を活用していないということです。民間企業による公平な自由競争の環境内での貨幣発行は、中央銀行の貨幣発行より利益に誘導された、つまり貨幣需要に誘導された活動になるのではないでしょうか。結果として、紙幣の過剰な発行によるインフレは起きません。
また、信用がテストされるのは、公正な競争環境で貨幣が発行される時です。
非中央主権的な通貨発行
そもそも私有財産制、自由競争は非中央集権的です。現在、色々なブランドが服を市場に供給していますが、これは非中央集権的な服の供給です。仮想通貨の形じゃなくても、さまざまな経済主体が自分のブランドの通貨を発行、販売することは非中央集権的な通貨発行です。自由競争による通貨の発行で世の中に通貨多様性、金利多様性が生まれます。競争過程の中にいるある事業者が、その組織の決定に関して中央集権的であることに問題はありません。その組織がうまくいかなければ、倒産するだけです。システム全体で非中央集権的であればいいのです。
つまり、個々の企業が中央集権的台帳システムを使ったとしても、社会全体では分散的です。
私は貨幣価値下落のリスクを分散したいのであり、「企業を介さない」ことに関心を払っていません。それが市場で求められているとはいえません。また、信頼できる第三者が必要かどうかは、技術ではなく人間に依存する。
現状、法定通貨か企業を介さない仮想通貨という極端な意見しかないが、貨幣価値のリスク分散と効率的な集中型には民間貨幣企業の自由競争という落としどころがある。
公権力の裏付けは必要ない
人は民間製品を肌身につけたり、胃の中に入れたりしているのに、民間貨幣を使用しないということがあるだろうか。あなた方がもし政府が服産業を独占している世界に住んでいたら、服に公権力の裏付けがないと人は服を肌身につけないと考えているでしょう。
また、民間の製品の二次流通、三次流通が存在するという事実が民間貨幣の流通が可能であることの証拠だ。単位機能に特化した製品はよりたくさん売買されるだろう。
一国一通貨の必要はない
「一国一通貨」は明らかに一部の人間のトップダウンの知的設計の結果であって、人間の自由な試行錯誤の結果ではない。自由競争の結果一国一通貨になることはあり得ない。選択の自由がある場合、一国一通貨は起こりえない。
第四章 貨幣の条件
道具の起源ではなく条件を問うべきだ
道具を開発する際に、歴史をなぞらなくてはいけないという法則はありません。なので、 通貨の開発された一番前の時点という意味での起源を考えることは無意味です。考えるべきなのは、その道具が形成される不変の条件です。どのような物質的過程と精神的過程による条件付けで貨幣は生起するのでしょうか。
定義ではなく条件を問うべきだ
私たちのやり方は、パン生地をオーブンに入れ、それを注意深く見守ることです。パン生地がどのようにして、パンになるのかが分かれば、悟りを理解することができるでしょう。この肉体がどのようにして聖者になるのかが、私たちの最大の関心事です。小麦粉が何であるか、生地が何であるか、聖者が何であるか、ということにあまり関心がありません。聖者は聖者です。人間の本質について形而上学的に説明することは、あまり重要なことではありません。
(『禅マインド・ビギナーズマインド』 鈴木俊隆)
実際には、貨幣から貨幣でないものにいたるまで、流通の度合いがちがい、価値が個別に変動し、貨幣の役割を果たす度合いがそれぞれに異なるモノが連続体を構成している。
(『貨幣発行自由化論』 フリードリヒ・ハイエク)
ハイエクの言葉は、すべての生産物は貨幣の性質を備えているが、どの程度備えているかに生産物によって差があるということです。どのような条件を満たすと、その性質は強くなるのでしょうか。
貨幣の条件
交換単位となりうる生産物の性質は、交換のしやすさ(持ち運びやすい、扱いやすいなど)、大量に存在すること、均一性があること、耐久性があること、供給に限界があること、他の生産物と交換レートが形成されていていること(価格が付いていている)、他の人が取引に扱うと期待できること、生産者が責任を負い責任の帰属先(ブランド)を示していること、偽造されにくいことです。
これは、仮想通貨のように過去に例を見ないものではなく、過去の貨幣も満たしているだろう貨幣の普遍的な条件に関する仮説を記述したものである。
私は、条件を発見し、いかに条件を満たした製品を作るかという思考の流れのほうが実際に流通する貨幣を作るのに役立つと考える。
信用貨幣の条件
上記の貨幣の条件に加えて、公正な自由競争環境で発行されるなくては信用貨幣にはならない。
均一性の必要性
均一性がないと単位となり得ない。
耐久性の必要性
耐久性がないと持続的な単位となり得ない。
供給の限界の必要性
供給に限界があることは、価格形成の前提です。もし、何かしらの生産物を無限に生産できる人がいて、そのことを知っている場合、その人からその生産物を得るために自分の持っている他の何かを差し出す必要はなく、無限に生産される生産物と他の生産物の交換レート(価格)の形成は行われないでしょう。
人間が交換をするのは、外的にも、認知など内的にも、リソースに限界があるからに他ならない。現在、不換紙幣である法定通貨は中央銀行家の理性によって供給の限界がもたらされているが、限界の理由は問わず、供給の限界が必要であり前提なのです。
貨幣の特殊性は生産物に価格が付いていることから派生した機能であるということです。他の生産物は、仮に無限に供給でき価格は形成されないとしても、機能を失うことはないのです。ですが、交換単位はそれにある程度価格がないと単位となりえず、価格が付いていることが必要になるのです。
価格がつく必要性
他者も意味を分かる言葉でないと会話が成立しないように他者が価値を認めない、つまり価格の付かないものは価値判断伝達の単位として使えない。自分の価値判断を他者に表現するためには、他者も価値を認めている、つまり価格のついているものを使う必要があります。
すべての生産物に他の生産物との交換比率があり、ある生産物はその中で単位に選ばれやすいのです。この分析においても、貨幣を含む、あらゆる生産物が他の生産物と交換比率を持っているという、中立的でフラットな見方をする必要があります。
相互監視の限界と生産者が責任を負う必要性
相互監視するとき、社会のメンバーは監視するものに関して共通の知識を持っている必要がありますが、それを社会のメンバーに求めることは高度に専門化した分野においては実現可能性が低く、分業のほうがより効率的であるため、専門性の高い複雑な製品は相互監視と連帯責任ではなく生産者が責任を負う必要がある。
共通の知識を前提とする相互監視と連帯責任ではなく、評判、売買によるフィードバックと自己責任、企業責任のシステムのほうが知識が多様化、専門化する社会の責任のあり方として適切ではないだろうか。また、そのシステムは知識が多様化する前提でもあるだろう。後者のシステムでは「私が責任を負って試行錯誤する」という姿勢が前者のシステムより許容されるからだ。
責任の帰属先、ブランドを示す必要性
人間は、自分の理解できない出来事や行動、製品になると特に明確な責任の帰属先を求める。そのため、時にスケープゴートは生むような惨事も起きますが、人間の相互作用に深くかかわる通貨のような製品や複雑性の高い製品などは、それを生産し供給する組織、個人が責任を負い、責任の帰属先が示されないと大きな社会では流通しないのではないでしょうか。責任の帰属先を示すことで、生産者は、消費者が知識の非対称性から感じる不安を緩和できるのではないでしょうか。比較的複雑な製品においては消費者がその製品の中身を理解できないため、責任を負う人間、組織が示されていないと購入しないのではないかと考えています。
ブランディングは生産者の特別さを誇示するためではなく、消費者のリスクヘッジのためにする必要があるのだと思います。これを私は、「ブランディングのコペルニクス的転回」と呼びたいと思います。
企業は何に責任を負うか
企業は当然自らの製品に責任を負い、経済的に製品の質を高める努力をするのである。
貨幣企業は一企業でしかなく、現在の中央銀行のように、社会正義や社会全体の雇用まで責任を負わされれば、中央銀行にも当てはまるが、その企業は自分の負えない責任を負うことになるのだ。中央銀行にも、雇用や女性の社会進出を促す責任能力はないだろう。責任能力がないのに、その職務を引き受けるのは過ちである。
第五章 いかに条件を満たすか
硬貨から引換券へ
金を仕入れて、流通しやすい形に整えて、責任の帰属先を示す自らのブランドのデザインを施し、同一の規格で金貨に加工した時、慈善活動をしているわけではなく営利目的で行っているのであれば、利益を稼ごうと金と金貨の価格に差をつけるだろう。金を仕入れ、金貨に加工し、供給する。通貨事業は商売であり、引換券であらゆるコモディティを貨幣の原料にできます。
貴金属のように溶かして加工しなおせるがゆえに硬貨にしても価値を保存する性質がないコモディティも、引換券を使うことによって貨幣に「加工」できる。 引換券は通貨に多様性をもたす地味に素晴らしい発明です。
電力貨幣の例
企業Aは電力を大量に蓄電して、1whのA社のブランドの電力引換券を大量に市場に供給する。ある量の金(原料)より、それで作られた金貨(加工品)の価格がより高くなることがあるように、1whのA社のブランドの電力引換券の価格は1whの電力価格の何倍もすることもあり得る。売り手は事業コストと利益を考慮して、買い手は引換券が単なる電気の権利書ではなく、貨幣価値を持っていることを考慮して価格を付けるだろうからだ。電力引換券に電力以上の効用ができた場合は、電力と電力引換券で価格が変わるはずだ。
台帳システム
企業が責任を負わないと製品は流通しないのではないかという理論にあう技術は中央集権型台帳システムだ。発行会社が責任をもってデータを管理する。
製品の価値は原料ではなく効用で決まる
価値は効用で決まる。金貨において金に価値があるというような労働価値説的な方向の考え方ではなく、貨幣の条件を満たすのに都合がいい貴金属が貨幣の原料に過去採用されたのであって、貨幣の最終的な価値は原料ではなく、その流通地域や決済の利便性なども含めた効用によって決まるのだ。なので、電力引換券に電力以上の効用ができた場合は、電力と電力引換券で価格が変わるはずだ。決済に使える1kwhの電力引換券は、1kwhの電力よりも価格が高くなるだろう。
実業家はあくまで、スティーブジョブズのように最終的に提供する体験から逆算して原料などを決めるのであって、つまり他人に提供する効用を起点に考えるのだ。原料の選択自体が効用から逆算して決定されるのだ。
国際貨幣を生産したい実業家は、同質性の期待のしやすさ、発電の多様性と大量生産の可能性を考量して、電力貨幣の生産を選択するであろうし、ある地域の人向けにより安価でローカルな野菜の種貨幣を生産する人もいるだろう。もちろん生産の効率性次第で、電力貨幣が野菜の種貨幣より安くなることはあり得るであることもあるだろう。結局実業家による原料の選択は、他人に提供する効用を起点に考えられるのだ。
なので、金貨の価値は金にあるのではなく、金貨の効用にあるのである。
引換機能の必要性
引換機能は、「価格がつく」という条件を満たすために必要です。すでに価格の付いているコモディティと引換できるようにすれば、最初はブランドに強力な評判がなくても発行時からその証券に価格がつくようになります。ブランドが強力であれば、より原料にマージンを付けた価格で通貨を売れるだろう。
引換レート
もちろん引換レートは固定レートです。
金引換券を金貨に置き換えて考えてみてほしい。手元の金貨の金の含有量が明日変わったりしない。金貨は固定レートの金引換貨幣です。引換機能のいいところは、貨幣の時価総額の最低ラインが契約に沿って引換できる量のコモディティの時価総額になることです。
なにが引換機能のための原料になるか
貴金属、種、電力、木材、布、コメ、チーズ 、土地などコモディティ、大量に保存でき る市場で価格がついているもの。
引換と交換の違い
引換するということは、引換券に書いてある契約に基づいて権利を行使することであり、権利の行使された特定の引換券は消滅する。対して交換は、生産物の所有者が入れ替わることだ。
第六章 事業モデルと性質
貨幣事業は商売の原則を離れない
商売の原則は「仕入れ、生産、売る」です。上記の三点とコストと収入について一つずつ見ていく。
・仕入れ :原料となる大量の同種のコモディティを仕入れる。
・生産する : 貯蔵した原料の量と兌換レートにもとづいて引換券を発行する。
・売る :事業コストと市況に応じて、取引相手と価格の交渉を行い、自社の製品を取引相手 の資産とトレードする。これはどの分野の事業でも同じです。
・コスト : 継続的な保管費用や原料の入れ替え費用、その他一般的にかかる費用がある。
・収入: 製品(発行通貨)とトレードした資産。事業コスト総額より手に入れた資産の時 価総額が高ければ、暫定的には売り上げが出ているといえるのではないでしょうか。また、 決済インフラを提供する会社と、自社の貨幣で決済されるたびに決済手数料の一部をもらう契約をすれば、継続的な収益が作れるだろう。
これは、あくまで一般論であり、企業の戦略によっては口座、決済インフラまで自社で整える企業もあるだろう。
また、強力な貨幣企業がネットワーク参加料を毎月、毎年課すことも考えられる。
勝者総取り
すでに、多い人数に使用されている通貨のほうが勝ちやすくなるので、通貨産業は勝者総取り産業です。もちろん、インターネット産業よりも物質的な制限が強いので、多様な通貨が流通していると考えられるが、すでに利用者が多い通貨が競争に勝ちやすくなる点はインターネット産業と変わらない。
新通貨の初期段階
新たな通貨を市場に供給するとき、初期段階では流通量が足りないかもしれませんが、これから通貨として通用するだろうという期待と新たな資本の逃避先として購入されて、発行企業は売り上げを作ることができるかもしれないので、そこで得た利益を事業拡大に使うことで、段階的に一部地域で通用する量の引換券を市場に供給できると思われる。
市場は健全な資本の分散先を歓迎するので、先行者優位は存在しない。
第七章 民間貨幣事業の広範な影響
環境問題
民間貨幣事業によって、収益を出しながら大量にコモディティを貯蔵できる。つまり、民間貨幣事業は、環境にいい事業なのです。貯蔵できるということは一度の生産の成果を長く保てるということです。もちろん貯蔵にもリソースが必要ですから貯蔵が絶対的にいいわけではありません。
また、コモディティの市場規模を大きくするので、第一次産業がより潤うことになり、その過程で自然の放任ということが起こらなくなるでしょう。
人口動態
人が多いところで貨幣事業を行うのはもちろんですが、健全な貨幣が流通している地域に人が移動するということもあり得るでしょう。
銀行業と信用創造
貨幣企業が貨幣を流通させるために、口座、決済インフラを提供するようになったら、銀行は決済機能を失い、資産運用ビジネスに集中することになるわけだが、信用創造によって、約束している量以上のコモディティの引換券がばらまかれることになるので、貨幣企業は決して信用創造を許可しないだろう。
利用者は、運用してもらいたい余剰金があるのであれば銀行に預けることになるのだが、それにはリスクがあること、それから銀行が事前に定めた期間引き出せないことを考慮して銀行を選ばなければならない。
また、貨幣企業が用意する口座に貯蓄利子はつかない。貯蓄利子というのは銀行にお金を運用してもらって得る配当であるわけだから貯蓄利子が付くべきだという社会正義が今後仮に出現したとしたら完全な誤りだ。貨幣企業は銀行業ではない。
多様化
金利、ブランド、取引規模、使用地域、発行頻度、供給元が多様になる。
コモディティの生産の予測可能性の違いや生産サイクルの違い、需要の違いが必ず金利多様性をもたらすことになる。
田舎と都会
主に田舎が木材や農産物、その他コモディティの生産地域であるため、民間貨幣は田舎から流通し始め、今よりも田舎を潤し、都会は多様な貨幣の交わる場所となるでしょう。
通貨発行は何と関連するか
貨幣の発行が政治的意志ではなく、原料の生産、貯蔵の変動、現金需要と関連することで、 全般的な経済危機は今よりも起こらないようになるでしょう。経済構造は健全になるでしょう。局所的な失敗しか起こらないようになる。
電力貨幣で電力を買うのは不自然ではない
電力貨幣で電力を買うことに違和感を持つ人がいるのか分からないが、引換するより多くの電力を得ることができるでしょう。成功している貨幣は、当然原料より購買力があります。
また電力貨幣が製造できているということは、電力の貯蔵が社会にあるということです。もし電力の供給が途絶えたら、その時引換によって貨幣から電力に切り替えればいいです。もちろん、電力貨幣から電力に引換すると資産価値は落ちますが、その時はよっぽどの緊急事態です。災害などの危機の対策にもなるのが、引換通貨の素晴らしさです。コモディティが貨幣の形をし別の用途で活用されながら、多くの人に分散して所有されることになるのです。
参考文献
『ブッダの真理の言葉、感興のことば』 中村元[訳] 岩波文庫
『老子』 蜂谷邦夫訳注 岩波書店
『自由の条件』 F・A・ハイエク[著] 気賀健三・古賀勝次郎[訳] 春秋社
『法と立法と自由Ⅲ 自由人の政治的秩序』
フリードリヒ・A・ハイエク[著] 西山千秋・矢島鈞次[訳] 春秋社
『通貨発行自由化論』 フリードリヒ・ハイエク[著] 村井章子[訳] 日経BP
『推測と反駁 -科学的知識の発展-』
カール・R・ポパー[著] 藤本 隆志・石垣壽郎・森 博 [訳] 法政大学出版局
『禅マインド・ビギナーズマインド』 鈴木俊隆[著] 藤田 一照[訳] PHP
『経験バイアス』エムレ・ソイヤー ロビン・M・ホーガス[著] 今西康子[訳] 白揚社
『ゼロ・トゥ・ワン』
ピーター・ティール ブレイク・マスターズ[著] 関美和[約] NHK出版
著者
野村周平 2003年1月18日生まれ さいたま市浦和区出身